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  チューリップのリンネ
             

      

 ぽきん、ぽきんとチューリップの花を折ると、「痛い。痛い」という小さな声が、金髪頭をてっぺんで尖らせた坊やの耳にも聞こえました。
「うるさい、黙れ」と坊やが言うと、ピンクのチューリップの内の一株はしくしく泣き出しました。
「子供は残酷だ、なんて言ってそれまで。大人はすぐ子を許すけれども、私達は絶対許しませんから」
 おれは子供じゃないと坊やは言って、「お前らに何が出来るって言うんだよ、根っこの代わりに足を生やしてみろ」と地べたに座り込んだまま、構わずチューリップをどんどん折ってゆきます。しばらくすると、辺りはすすり泣きの声でいっぱいになりました。折れたチューリップの葉に止まっていたてんとう虫が、「こりゃ災難だぁ」と他人事のように空を見上げてから、折られた茎から降りようとウロウロしていました。
「一生を台無しにされた恨みを呪いに変えて、お前の恋の季節に芽吹かせてやる」
 と、赤いチューリップが言いました。
「やってみろ、ブス」
 そう言って坊やはつなぎのポケットからビスケットを取り出して食べ始めました。
  皆さんお気づきの通り、彼はとても口が悪い上に、この愛らしい、なんの罪もない花の涙の抗議でさえ動かされない心の持ち主なのです。今彼は悲しみに暮れる花の中でビスケットのかすを散らかしていました。
「おれはな、弱い奴がすすり泣く声を聞くとますます苛々するんだ。同情を買おうっていうのか。そんな手には乗らないぞ。なんせ弱い奴らってのはいつもずるいのさ。力を持っていないのが悪いのに、頭の中ではいつも自分を主人公にして、団結して都合の悪い奴を悪者に仕立て上げる。同情して貰いたいのは、実際、おれみたいのだ。なんだってチューリップを折っちゃいけないんだ? おいおい、花を花瓶に挿したことのない人間がいるか? お前らを花瓶っていう墓場にぶち込めば満足か?」
 すると白いのが声を枯らして言います。
「ええ、大勢いますとも! そして花瓶に挿されても何ら変わらないことですわ。けれどもお前は悪者なのですよ。私達は他でもないお前を呪いながら、来年も再来年も花の咲かない小さなつぼみだけをつけて生きてゆきます。お前の理屈など私達にはなんの関係もないのです!」
 坊やは、ふーんと言ってポケットから二枚目のビスケットを取り出しました。辺りはいつものようにのどかで、お日様からぽかぽかと日の光が降り注いでいました。
坊やが日陰にしている木では、オカメインコがピチュピチュとさえずりあっています。一方が抑揚の利いた素晴らしい歌をしばらく歌い、もう一方がチュン、と鳴きます。次に一方は、枝の上で短い脚と美しい羽を伸ばしてダンスを踊りました。もう一方は、チュン、と鳴きます。
 更にオカメインコの一方は羽をいっぱいに広げて優雅に羽ばたかせました。もう一方はチュン、と鳴いて飛んで行ってしまいました。
「ジジジピチュ……(俺の真っ赤な情熱は少し赤すぎたようだ……)」
 暇になったオカメインコは坊やとチューリップに向かってこう言いました。
「ジジジピチュピチュピチュ(こんな奴、呪いを掛けなくったって恋なんか上手く行く筈ないね!)」
 彼は唾を吐くようにぷっと糞をしました。糞は草むらに落ちて紛れました。
「きたねえ」
 坊やは木の下を離れて近くの丸太に腰を下ろし、幼い顔を悪魔のように歪ませました。
「言葉も喋れないオカメインコ! 愛の言葉もささやけないくせに」
 それを聞いたオカメインコは首を振って溜息をつきます。
「そういうことは自分がインコ語を喋ってから言うもんだよ、坊。大抵のインコは喋ろうと思えば人間語が喋れる。だけど逆はあんまりないな」
 坊やは、「おれは坊じゃない」と歯をむき出しにしました。「インコ語なんか何の役に立つんだよ」
「もちろん俺が人間語を話すことくらい役に立たないことさ」と、オカメインコはちょうど人間が眉毛を持ち上げるように頭の飾り羽を広げます。それから枝を二つほど降りてきて、「あーあ、みんな折られてるよ。かわいそうに」と、目を細めました。「お前はこれに見合った罰を受けるだろうよ」
「かわいそうだって? どんな通りがあってそんな事が言える。それに罰だって信じてないよ」
「ここをどこだと思ってるんだ、お前。それにチューリップはお前を呪うと言っているんだ、お前は呪われたよ」
 坊やはじろりとオカメインコを睨みました。
「ふん、好きにするがいいさ」
「だめだ、だめだ!」と彼は大きな声で駄目出しをしました。「そんなんだからモテないんだ! モテるってことは優しいってことだ。お前も食うため以外は優しくなるべきだよ、そう、俺のように!」と、小さなオカメインコは羽を広げ、俺以外も参考にしていいよ、と付け足しました。
「ここを通るのは、優しさなんてものを考えたことのないやつらばっかりだ。花を折るくらい、取るに足らないよ」
 するとオカメインコは神妙に答えました。
「悪い奴は罰せられるし、正しい奴は幸福に生きられるのが通りってもんさ。そいつの顔を見れば、最後にはどうなってしまうのかなんてすぐに分かるよ。だからお前が心配だ。でもまだ助かりようは幾らでもあるからさ、俺はお節介なんだ」
 すると遠くからのっしのっしと人影が近づいてきました。
「猟師だ、猟師だ。本当にここは色んなのがよく通るよ」
 彼は葉の裏に半分隠れ、坊やは丸太に座ったまま、彼を迎えました。
「おめえは子供だな!」
 と、猟師は坊やに顔をぐっと近づけて聞きました。
「子供じゃない。もう数えられないくらい寝た」
「いいや、子供だな。そしてわしの言うことが分かる良い子だな」
「大人なんかクソくらえ!」
「わしは猟師だ。熊を退治している。もしもあの毛むくじゃらの悪魔を見つけたら、すぐにわしに知らせるんだ」
「おれ関係ないよ」
「いいや、あるさ。あいつらはこの辺をウロウロしてやがんだ。おめえも気を付けるがいいさ。子供が戦おうなんて考えちゃだめだぞ。なんたってあいつらは秩序も知らないでやたらめったら暴れ回る。同じ温かい血の通った生き物だとは思っちゃいけねえよ。通りも常識も通じない、野蛮で低能な上に、悪魔のような残酷さを持つときた。おお、恐ろしい! 温かい血を持ったわしには全く理解出来んよ! わしは一刻も早くあれを打ち殺さにゃいかん」
 猟師はもう一度、「気を付けるんだぞ、子供!」と言って、猟銃を担ぎ直しました。坊やはその背中に「分からず屋のくそジジイ!」と悪態をつきましたが、彼は何も聞いていない様子で何処かへ行ってしましました。
 しばらくすると、猟師が来たのと同じ方向から熊がやってきました。
「あの猟師は何処へ行った!」
 熊は空に向かって吠えるように言いました。
「あっち」
 と坊やはすぐに人差し指でその方向を指しました。
「あの野郎、良い気になりやがって。銃さえ持っていなければズタズタにしてやるところだ!」
 熊が怒りの余り首を激しく振ったり、地団太踏んだり、転げまわるのを坊やは黙って見ていました。
「お前、あの野郎から私の悪口を聞かされたな。私が野蛮で低能で、しかも悪魔のように残酷だと聞かされているんだろうな。全くあいつはとんだ嘘つきなんだ。私が人間が育てている果物をもぎとったり、あいつが狙っていたシカを食べたりするから、嘘をついて周りを巻き込んで、みんなで邪魔な私を殺そうって魂胆なんだ」
「銃を持っていなかったらあんたが猟師を殺すの?」
「そんな馬鹿はしないさ。いや、いざとなったらそうするがね。だがもしも私があいつを殺してしまったら、あいつの嘘は本当になってしまうからな。私は無駄な殺生はしない。だからこうしてあいつの後をつけていって、本当のことを伝えているんだ」
「あんたは果実とシカしか食べないのか」
 と、オカメインコが言います。
「腹が空いてればなんでも食べるさ。お前らとシカ、どう違うっていうんだよ。ただし、シカの方がうまいから、よっぽどのことがない限りシカを食うよ」
「なーんだ、じゃあ安心だ!」
 オカメインコは少しふくらませていた羽を元に戻しました。
「それにしても、お前の周りで泣いてるチューリップはなんだ。みんな折られているじゃないか。まさか折ったのか」
「そうです、そうです。この坊やが折りました!」
 と、黄色いチューリップが言いました。オカメインコは、あーあ、と小声でつぶやきました。
「なんという残酷な! お前もそんな奴だったのか。呆れたガキだ!」
「はやく行かないと見失うよ。それからガキじゃない」
 と、坊やは鼻の穴をいじりながら言いました。
「ふん、どいつもこいつもろくな奴らじゃねえ」
 するとオカメインコが熊の為を想って言いました。
「恋も疎かにして猟師のケツ追っかけてるとは、いやはや。俺には考えられないね。人生の十割損してるよ。命よりも大切なやるべきことが他にあるだろう? 何のために毛を生やしてんだ。そう、勿論彼女を温めるため!」
「色ボケのオカメインコめ。だったらその恋を一秒でも成功させてみろ!」
「そりゃ自ら無知を認めたようなもんだ! 成功とか失敗とか言う時点でお前は恋というものを知らないんだから」
 口が達者なオカメインコはさらりと言い返しました。けれども返って相手を怒らせてしまうのは悪い癖でした。
「ぐぬぬ。おい、てんとう虫!」熊は地面に向かって吠えます。「なんとか言ってやれこの馬鹿どもに! 私は間違ってないんだからな。私は自らの潔白を示すためにあいつを追いかけてるんだ」
「飛べないよ、困った困った、災難だ」
 てんとう虫はまだ折れたチューリップの上を行ったり来たりしていました。
「くそお、どうして私の言うことはいつも分かってもらえないんだ!」
 熊は叫びながら走り去って行きました。広場の声は、再びすすり泣きの声だけとなりました。
「おい、オカメインコ」と坊やが珍しくオカメインコに話し掛けました。「お前の言う愛というのはどんなもんだ? 知ってるのなら教えてくれよ」
「よくぞ聞いてくれた! だが難しい話だ、分かるかな? 分かり易いよう、たとえ話で教えてあげよう。つまり」と彼は続けました。「情熱というのは俺のほっぺのように赤い! そして純情というのは、俺の胸の羽毛のように白い! そして……」
 そんなんじゃ分かんないよ、と坊やはため息をつきました。
「勇気というのは俺のくちばしのように強くて黄色くて美しい! だけど、嫉妬は俺の身体のあちこちをグレーで染める……と、つまり俺を合計すると愛になる。俺は彼女に飯をプレゼントするために飯を食う。俺が空を飛ぶのは、彼女を抱きしめる筋力をつける必要があるからだ。ニワトリが先か、タマゴが先かって問題に似てるだろ? 逆転の発想からも成り立っているのだよ、愛は!」
「彼女、さっき飛んで行ったけど」
「あれは、俺に追いかけてもらうために飛んで行ったのさ。どうだ、女心が分かっているだろう。しかしあと少しだけ追いかけない。まだなんだよ、分かるか。これがミソ!」
「おれには分からないね」
「これが大人のミソ!」
 彼は機嫌よく枝の上で踊り始めました。
「恋の季節が終わったら、どうだ。今言ったお前の理屈は全部うそになるじゃないか」
「そんなの簡単だよ、恋の季節を終わらせなければいい。恋の季節っていうは体内時計以上に融通が利くものなのさ。生活習慣によってな。だから俺の頭の中はいつでも春! 冬が来ても春!」
「キリギリスみたいな奴だ。奴らはどうしたって冬で死んでしまうが、お前は単なる飢え死にだな。それだけじゃ、生きてなんかいけないんだ……」
 そこへモルモット長老がやってきたのを、オカメインコが見つけました。
「おうおう、じゃあ長老に聞いてみるがいいさ。ただこの問題は、一言じゃ片付けられないと思うな」
「長老って、誰のこと?」
 坊やが疑問に思うのも無理はありません。タキシードを着たモルモットは全部で十七人もいたのです。
「わしら全員だよ。みんな同じ歳なんじゃ」
 と、長老の一人が言いました。
「年寄りは一人でいいよ」
「いやいや、わしらも間違うことがある。一人の老人の言うことを信じるのは危険なものじゃよ」
 老いたモルモット達は、頷き合っていました。彼らは謙虚でした。
「それにしても、最近の若者は礼儀をわきまえておらんよ」と、その中の誰かが言いました。
「こういった態度を許していた大人の責任もありますぞ」
 と、また誰かが言いました。
「時代というのもありますよ。わしらがもう古いのかも知れません」
「最近の若者の代表が坊やであると決めつけることもあるまい。もっと個々人と向き合わないと」
「そうですとも、そうですとも」
 皆さんは初めてお目に掛けることでしょうが、長老たちが談議に花を咲かせ始めるのはいつものことなのです。
 この談議を一旦落ち着かせたのは一人の長老の孫の登場でした。真っ赤なハイヒールにタイトスカートを身に着けた娘は、どういうわけか上から下まで人間の姿です。
「はあ! 全く、若い女の慎みを知らんようだな、ハイヒール。布きれの少ない安上がりな服しか着れんなら、わしゃあお前に高価でも古き良き時代の慎ましやかなドレスを喜んでプレゼントしてやるというのに!」
 と、この祖父は言います。
「またその話なの、じい。布は何も多ければ良いということではないのよ?」
 坊やはハイヒールの姿を認めようと、立ち上がりました。それで彼女も坊やを見つけました。
「あらあ坊や、こんな所にいたのねえ。あなたはどこに現れるか、分かったものじゃないわ。でも、思いがけずに顔が見れるのは嬉しいものだわ」
 しかし歓迎された当人はすぐにうつむいてしまいました。
「お前、この子を知っておるのかね」と彼女の祖父は言いました。「しかし少し礼儀を知らんようだ」
「それに、やたらと花を折る残酷な人ですわ!」白いチューリップが付け加えます。「それは私たちが弱いからいけないと言うのですよ。そしてご自分は足の生えていない私達を折って強いと仰るのです」
 坊やはますますうつむき、小さくなっていきました。
「お前チューリップをいじめて自分は強いだなんて言ってるのかい、ほんとに馬鹿だねえ」
 彼女はこの花を憐れみ、悲しい顔をしました。
「そんなわけないよ。おれと比べるまでのないもの……」
「姐さん、このひねくれ者の坊やの何かを知っているのかい」
 と、オカメインコが尋ねました。
「もちろん知っているわ。少し口下手だけれど、それに少し嫌味な口を利くけれど、私の大好きな坊やよ」
 オカメインコはほうほう、なるほどと頷きました。
「かわいそうなチューリップ。それにしても、どうして坊やは嫌われるようにするのかい。そうさ、自然を愛する者と同じような顔をして、何食わぬ顔で折って花瓶に挿すとか、押し花にしても、やられた当人以外の誰もお前が悪いなんて思いやしないのにさ。本当に不器用な子だよ。同じことをしていても、うまく好かれる奴なんて沢山いるのに……」
「お前さん、しかしそれは心というものを考えん時のことじゃぞ」と長老である祖父が慌てて言いました。「わしらは食ったり傷つけたりしなくては生きていけん存在だ。だが、どんな時も憎しみや怒りによるものではならんのだよ。相手に敬意を示さない者は、自らも同じ扱いを受けるものじゃ」
「もちろん、そうでしょうよ。だけれども、罪に気づかずに自分が天使のようだなんて思い込んでいるよりはずっと上等だわ。彼は……彼は……」
 ハイヒールはいつしか頬を紅潮させて口をつぐんでしまいました。
「まさかお前さん、奴のことを愛しているのか」孫の表情を読み取った彼は、足をガクガクさせて、「おお、なんということだ。本当なんだな、ハイヒール。許さん! 許さんぞ! こんな悪ガキにお前をやれるか。もしもお前がそいつの許に行くというのなら、沼のオオナマズにくれてやったほうがマシじゃわい!」
 と、普段は理解のある長老は頭に血を登らせまくしたてました。周りの長老が彼を支え、なだめます。チューリップはざわめき、ハイヒールは一斉に視線を集めていました。
 彼女は折られた花に跪きました。
「ああ、チューリップ、許してやって欲しいとは言わないわ。けれどこの子は決して特別な子ではないのよ。優しさと計算、臆病と慎重、戦犯と英雄とが紙一重であるように、坊やも何にでもなり得るわ。私が変えてみせましょう、もう二度とこのようなことがないように」
 ひどいわ、ひどいわ、あなたもひどい、とチューリップ大合唱を始めました。「あなたは坊やの仲間なのね。そんなあなたに何を言っても無駄だわ。一緒に呪って差し上げましょう!」
「私はきっとあなたたちの助けになるわ。聞いて頂戴!」
 チューリップは今度は、もうおそい、もうおそいと繰り返しました。それはしばらく続きました。彼女は懇願に満ちた目で、無数の折られた花を見ていました。飽く迄、自分に降りかかる呪いではなく、坊やへの憎悪を和らげたい一心なのでした。
彼女はその声を、しかし自分の罪であるように耳の中に入れていました。
「黙れ、バラを殺したチューリップ!」
坊やが叫ぶと合唱は止み、一時失われていた陽気が戻ってきたかのようでした。
「おれが目を見て話せなくても、嬉しいのにそう言えなくても、ハイヒールはおれの本当の心だけ見ていてくれた。彼女はバラが好きだった。だからこの場所に植えたんだ、バラの種を。すばらしいバラ園になった。ここでおれ達は、暮らすんだった。だけど今日ここに来てみたら、この土地はチューリップのものになってた。
お前達はバラを殺し、初めておれに送られるハイヒールからの喜びの顔を、奪った。どんな奴であれ邪魔立てするのはみんな敵だ。そう思わずに、おれは生きてゆかれない」
 悪魔め! お前は一生救われないぞと花たちから罵声が飛び交いました。謝るどころか、バラ殺しと言われたチューリップはもう何を言っても彼らを許すことなどないのでした。
 ハイヒールの祖父は青ざめて今にも倒れそうでした。そして実の孫だけでも救ってやりたい気分にさせられていました。けれどそれは無駄な願いです、彼女は坊やのこの言葉によって一層彼と離れがたくなっていたのです。
「あなたを呪わせはしないし、おれはあなたから離れたくない」
 と、坊やはハイヒールに言いました。
「私も同じ気持ちでいるわ」
 ハイヒールは彼を信頼し切って言いました。
「それならお前たち、ここから出て行くがよろしい!」
と彼女の祖父は叫んで、それから自分の言った言葉に後悔し耳を垂れました。けれどもかわいいハイヒールが物語の掟通りに呪いに掛かることなく過ごすには、最早ここを出て行く他方法はないのでした。
坊やは彼女の手を生まれて初めて取って立たせます。住み慣れた場所への心残りはもうありませんでした。
「達者でやれよ! お前の二本の足は何のためにあるんだ?」
 オカメインコが背中を押す言葉を掛けると、ハイヒールは振り向きました。坊やは小さく頷いただけでした。

 

 

鬱蒼とした森の中に佇む二人の足元には、無数の生き物がうごめいていました。花は文句を言わず、鳥は話し掛けて来ず、熊は言い訳をせず、皆々食い食われていました。
かの世界の人々もまた、同じく熊はシカを食い、シカは草を食べました。ただ愛の為に他人を食らおうとする二人はもうおとぎの国にはいられないのでした。彼らには最早何の制約も無く自由で、そして沢山の生き物から恨まれながら、或いは恨むことを知らない者からさえ、ありとあらるものを奪い取り、また奪われながら生きてゆく道を選んだのでした。
坊やと呼ばれた彼はハイヒールと呼ばれた彼女に出来る限りの幸福と愛情とを与え、彼女はそれに満足し支えとなることを喜びました。そしてかわいそうなチューリップに誓ったように、彼を良い方向に導く役目を果たそうとしました。
 物語の結末をお伝えすることは、彼らがこの世を去るまで先延ばしにしなければなりません。何故ならこの世界では、善と悪との境界線すら見つけることが難く、よって殆ど善行も悪行も混じったものを他者に与えながら、時に二人も傷つけ合うことがきっとあるからです。
 しかしお伝えしておかなければならないのは、彼らは彼らにとってはまるでもとより一つであったかのような最高の相手だったということです。
そして、出来る限り最も正確かつ、二人に敬意を込めたものとしてこの締めくくりはふさわしいことでしょう。

-終- 

 

 

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